Vol.U]T


東独編





1997年8月8日から8月16日まで東独ベルリンからポツダム、ドレスデン、ライプチヒ、ワイマール、マイセン、バーデンバーデンを巡る旅へと出かけました。ベルリンは、終戦前までずっと旧東ドイツの首都でしたが1990年再統一以後再びドイツの首都となりました。1961年築かれたベルリンの壁は1989年に開放され崩壊しました。戦争の傷跡が随所に見受けられましたが空から見た街並みは、この民族性をよく表しきちんと区画整理され、同じオレンジの屋根に揃った家並みが整然と立ち並んでいました。また、車窓から見た大通りには近代建築の立ち並ぶビルの合い間に緑と芸術を愛する国民ならではの様々な彫刻やモニュメントが必ず配されていました。



















1945年日本の全面降伏を要求するポツダム会談が行われ、ユネスコの世界遺産にも登録されているツェツィーリエンホーフ宮殿は、1917年に当時皇太子であったヴィルヘルム2世のために建築されました。ベルリンの西南近郊に位置し宮殿というよりは、緑に覆われた古い民家のような佇まいを見せていました。












ドレスデンは、東部ドイツ新5州の州都でかつてザクセン王国の首都でエルベのフィレンツエと称えられ、華麗な宮廷文化のバロックの街です。18世紀にアウグスト強王が東洋の白磁に魅せられたことから陶磁器作りにとりかかり欧州で初めて製作に成功しマイセン磁器として現在も世界有数の陶磁器です。「君主の行列」は、レジデンツ宮殿裏手にあるシュタールホーフ外壁にザクセン王国の歴代の王の大名行列を25000枚のマイセンの陶磁器のタイルに焼き付けた壁画ですが見ごたえのある素晴らしいものでした。また、17世紀にアウグスト強王が建てたツヴィンガー宮殿は、ザクセン王国の栄華を象徴する宮殿ですが、組み鐘の棟には、マイセンで作られた磁器の鐘がいくつも釣り下がっていました。










フランクフルトは、マイン河に立ち並ぶマインハッタンと呼ばれる近代的な金融都市の高層ビル群と古代ローマ人の遺跡と中世以来の歴史的建築物が重なり合い調和する都市です。特徴的な建築方式としては、レーマ広場で見受けられるようなギルドハウスと呼ばれる木組みの家があります。壁から木材を露出し幾何学模様を描いているので一見漆喰の壁に張った気の模様に見えますがすべての家の重みを支えるための重要な骨組みになっています。木組みの間には、柳の枝などを編んだものを張ったり、石やレンガを詰め込んで漆喰で仕上げてあります。こうすることで壁全体が建物の重みを支える構造壁となり、さらに堅固な建物になります。現在日本でも木造を使ったハイブリット建築が推奨されていますがこの当時から壁の厚さも暑く、外壁は、50cmにも達し、木を使いながら不燃建築に近い工夫がされていました。町で見かけた酒場や新しい住宅も銘々が屋根の形などに趣向をこらし個性を出しながらもこうした建築技術の伝統と影響を反映した建物が造られていました。












バーデンバーデンは、シュヴァルツヴァルト(黒い森)に隣接する国際的な保養所です。特にクアハウスを主とする温泉施設やカジノ、フェストシュピールハウス(フェスティバルホール)は世界的に有名です。高台「フロレンティーナベルク」の新宮殿は、暖かな陽光の下、緑に囲まれ上品な佇まいを見せていました。城外のテラスからは、バーデンバーデンの美しい街が一望できました。

















ドイツで見かけた若い人々は、なかなか美しい方が多かったのですが、こざっぱりとしたそれぞれがお似合いのきちんと整えられた身なりをしていました。服装の中にもゲルマン民族の気質が現れているような気がしました。東独は、清潔感があり、堅実で信頼感のもてるベルリンブルーと言われるような濃い青色をイメージさせる所でした。
















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