Vol.][




中国 上海・蘇州・栄定編





1997年11月上海から蘇州、栄定を巡る日本建築仕上学会の視察旅行へと出かけました。まず訪れたのは「寒山寺」です。509年から519年の間に妙利普明塔院という名で建立されたこの寺は、唐代の僧寒山が住んでいたということで「寒山寺」と後に改名されました。詩人張継が「楠橋夜泊」を詠い全国に知れ渡る寺となりました。この詩のように除夜の鐘を聴こうと多くの観光客が訪れ蘇州の名所となっています。黄色の壁と瓦屋根のコントラストが鮮やかで印象的な寺でした。

















日本人には、李香蘭が歌った哀愁のこもった「蘇州夜曲」で馴染みのある水の街、東洋のベニスとも言われる蘇州の周庄鎮を船で巡りました。水路に臨んで建てられた白壁の民家は明、清の時代のものが多く古い歴史を伺わせました。また、川岸には、生活感あふれる店が立ち並んでいました。そこには、一昔前の日本を思い起させるどことなくほっとする光景が広がっていました。











4世紀から12世紀にかけて黄河流域から中国の漢民族の末裔(客家〈ハッカ〉)は戦乱を避けて南下してきた際に条件の悪い福建省栄定の山間部に暮らす事を余儀なくされた。こうした環境から暮らしを守るため、栄定を中心とする地域には、特徴的な居住スタイルの外側を土壁で覆った、外から侵入しにくい円形土楼が発達しました。一族はまとまって独自の文化伝統を頑なに引き継ぎながらこうした土楼に住んで生活していました。












日本人と同じ黄褐色の肌をもつ中国の子供達の服装は、厳しい環境の中で生きる活力を与えてくれる原色などはっきりした色合いの物が多かったです。中国の大地に根をはりたくましく生きていく人々に勢いを感じました。中国ではとてつもなく大きく広がる、悠久の歴史を持つ大地を実感させられました。この大地の褐色をこそが中国の色であると思いました。













Back