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シリア・ヨルダン編




シリアの首都ダマスクスから2003年4月21日から5月2日にかけて世界遺産の宝庫であるシリア・ヨルダンへの旅をスタートしました。古代からシリア地方の中心都市で紀元前10世紀には、アラム人の王国の首都が置かれていたがイスラム帝国により635年征服されその後ウマイヤ朝の首都として栄えました。旧約聖書の時代からキリスト教ゆかりの現存する最古の都市の一つであり、ローマ時代のギリシャ・ローマ文化の重要な拠点であります。705年にキリスト教の教会をモスクに改造して設けた現存する中東第4のウマイヤ・モスクを現地の風習に見習い長衣を身につけ訪ねました。多くの観光客が訪れる傍ら敬虔な巡礼者たちが大勢御詣りに来ていました。



















シリア砂漠に続くダマスクスは、一言で言えば砂漠の色の都市であります。教会の尖塔に赤レンガ色の屋根が目立つ他のモスクも落ち着いたベージュやグレーが多いです。一般の住宅は、ほとんどが土の色そのままで地震が無い為か古い建造物をそのまま使っていることが多いようです。屋根は、赤レンガ色か陸屋根で色彩は、皆茶色でした。。青い屋根や緑の屋根はほとんど見当たらずよく言えば落ち着いている色彩ですが悪く言えば汚れた土の色ということであります。街全体が豊かとは、言えないけれども人々の表情は、明るかったです。


















ダマスカスからは、紀元前1世紀ごろよりシルクロードの中継地として発展した隊商都市、世界遺産であるパルミラ遺跡へと向かいました。ゼノビア女王時代に最盛期を迎えましたがローマ帝国により滅ぼされました。交易文化の中継地にあたり、ペルシャ、ローマ、ギリシャ、メソポタミアなど様々な文化の影響を受けました。ベル神殿、パルミラ博物館を訪ねた後ディオクレティアヌス城塞(元ゼノビア女王の宮殿跡に305年建てられた要塞)貧しい人々の個人や2世紀中央に儀式用の壇のある家族の墓、南北に走りカルドーと呼ばれる列柱道路や教会、オスマントルコ時代のスークなどを訪ねました。抜けるような青い空、シリア砂漠の中ごろにすっくと現れたパルミラ遺跡は、ダイナミックで想像をはるかに超え、古代人の英知に感動させられました。色彩的には、ベル神殿の柱と柱の間の青空と柱のベージュがみごとでした。茶系とベージュの微妙な色合いが美しいコントラストが活かされていました。土の色と空の色が補色関係でみごとに調和していました。列柱塔は、一直線ではなく、くの字に並んでいたり、時々細かく途切れていたりしていました。




















アレッポ、ダマスクス、ジェラシュを経てヨルダンへと向かいました。ローマと同じく7つの丘の町であり、街中いたるところに遺跡がありその中心にあるのがアンマン城であります。この都市は、旧約聖書時代のアンマン人の首都ラバト・アンモンから始まり、その後ギリシャ・ローマ時代にフィラデルフィァと呼ばれていました。第一次世界大戦後オスマン・トルコ帝国から太守フセイン・イブン・アリが独立を目指し、アブダッラー国王の下で建国されました。丘の上には新興住宅が広がり、しっかりした石造りの白とベージュの建物が多かったです。

























アンマン市内観光の後「広大に響きわたるは、神のごとく」とかのアラビアのロレンスが表現した、また、彼の映画「アラビアのロレンス」の舞台であるワディ・ラム岩砂漠へと向かいました。途中道に黄色とグレーの焼光石を運ぶ列車が前方から煙をあげて進んできました。バスを止めると列車は、とまりその列車へと乗せてくれました。思わず感激した一時でした。ワディ・ラムは、国内で最も壮大で美しい風景の望める砂漠地帯です。下が黒く花崗岩でできており、上の方は、砂岩でできていて色の濃淡がくっきりと分かれていました。

















「薔薇色の都市」と呼ばれるペトラは、縞模様の赤や青の石をくりぬいて作られており、現在、ユネスコの世界遺産に指定されています。2000年以上前にヨルダン南部に定住していたナバティア人と呼ばれる勤勉なアラブ人の王国の遺産です。入場門を過ぎ、「シーク」と呼ばれる有史以前の大地震で形成された大地の巨大な裂け目である100mもの高さにも及ぶ左右に切り立つ岩壁をぬけるとバラ色に輝く神殿が現れる。これが映画の「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」の舞台であるエル・ハズネであります。しかし、この遺跡は、更に奥に進むと何百の建造物、寺院、墓、円形劇場が存在しています。
















アフリカから続く大地溝帯の北端に位置する地球上で一番海抜の低い地域にあるのが死海のあるヨルダン渓谷です。エンドの非常に高い鹹水湖である死海の水面は、海面下約400mを越えています。一年中温暖な地中海性気候は、その低い海抜の賜物でヨルダンの自然の楽園となっています。エメラルドブルーの海は、透明感のある素敵な海です。たくさんの人たちが海岸でドロパックを楽しんだり、海で新聞をよんだり、ぷかりぷかりと浮かんでいました。塩分が普通の何倍もある海水で体が自然とうかんでしまいます。立っている状態ではなく寝ている状態がベストでした。青い空を眺めながらぷかぷか岸まで自然に流されてしまうのも最高でした。なめるとすごく辛い。死海の海とは、透明感があるホテルのプライベートビーチなのでごみ一つないよく整備された美しいビーチリゾートでした。


















シリアは、元共産圏、ヨルダンは王立国です。生活レベルの差は国境を越えると住宅の質と自動車の古さから伺い知れました。シリアでは、日本の30年前の車をぼろにしたような車が堂々と走っていますしヨルダンではその様な自動車は、皆無でした。一軒一軒の家も石積み、陸屋根は、同じ様な造りでありますが外壁をきちんと塗装したり、石貼りを美しくしているのは、ヨルダンに入ってからでした。国力の差をまざまざと見せつけられる気がしました。シリアは、砂漠を灌漑する力も無い様でしたがヨルダンでは、スプリンクラーも使用して緑の木々が沿道に続き畑も緑に覆われて豊かな農作物や牧草地が広がっていました。建築中の建物が多く建築ラッシュなのでしょうか?服装は、ロングコートの下は、華やかな色を着ているのかもしれませんがまだまだ保守的で黒・グレーが多く見受けられました。シリア・ヨルダンは、照りつける太陽とどこまでも赤茶色に広がる砂漠という大きな自然そしてそこに延々と続く人間の歴史について深く考えさせられました。












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