Vol.U]W



台湾編


何かと身近に感じるアジアの国、台湾を旅しました。台湾は、九州より小さく四国より大きい島国です。古くより東、西海岸に土着の民族が分布していましたが中国大陸との交流が深まるにつれて漢民族との混在地となり、15世紀にはオランダの統治下に、第二次世界大戦後は中国共産党との内戦に敗れた蒋介石率いる国民党が約200万人の漢民族を移住させ、中華民国として台湾を支配し現在に至ります。ここ30ー40年の急速な経済発展の中で大規模な国土開発、都市開発が進められていました。建築については、以前は政治的見通しが不安定なため長期的な基本方針が欠如したまま進められていましたが現在は長期的、計画的な取り組みが行われています。下は、中心街から少し入ったところの国際会議場及びグランドハイヤットホテルでありますがこの周辺は、超高層が立ち並び幕張メッセのような雰囲気の街並みでした。ピンク色の建物が多かったのが目立ちました。一方周辺の普通の建物は、老朽化が早く、台湾の建物全体に見られる傾向ですが築15年位ですでに傷みの激しさが目立ちました。新しい建物は、白黒グレイがほとんどで世界の建物の流行色が茶系ーピンクー白黒グレイに流れているのをほとんど同時につかんでいました。










世界4大博物館の一つである故宮博物院は、蒋介石が台湾に渡る際に中国から盗んできたといわれる明,清時代約500年にわたる王朝時代から伝わる銅器、象牙、漆器,陶器、玉器、書画、彫刻、絵巻物など国宝芸術品約70万点を収蔵しており常時2万点を展示しています。この宝物の移送については、満州事変から始まった戦火の中、南京から重慶を標高3000mを超す山脈を車300台で越えたり軍艦三隻で台北まで海上輸送したそうです。歴史大国中国の誇るまことに見ごたえのあるコレクションの数々でした。


















台湾先住民族では、最多の約13万人の人口を有する阿美(アミ)族は、花蓮を中心に東部海岸の平地一帯に居住する農耕民族であります。性格は勤勉で温厚で歌や踊りがとても上手な民族です。アミ族固有の円形のパオのような萱葺きの屋根の下に設営された会場で古い民家の古材を舞台のバックにして小道具を据えて彼らの有名な民族舞踊が演じられます。赤、黄色と紺に白のアクセントの色鮮やかな衣装は健康的なの肌の色と黒い髪、黒い瞳にとても良く映りました。この民族舞踊は色々なテーマの上に展開され最後が結婚の儀式で観客の中から婚姻の相手となる男性を選び出す観客参加型の演出もありとても楽しかったです。また、この地は大理石の街であり、翡翠、白色など4種類の石を産出しています。道路わきに置き去りにされた大理石をよく見かけました。大理石は、表面を見た目ではわからずくぼみに懐中電灯を当てるとコバルト色を呈します。石切り技術もそして大理石を使った作品も精巧で素晴らしく圧巻でした。





















宿泊したのは、「圓山大飯店」です。1952年に建築された台湾屈指のホテルです。現在の建物は、1973年に建てられたものですが堂々たる壮麗な風格は、変わりません。別名「竜宮」とも呼ばれ、このホテルの建築デザインには、20万以上も龍の彫刻があるそうです。レストラン「金龍庁」前の「三爪盤龍」という彫刻は、日本統治時代に重要な式典を行うときに使われた場所です。現在でも各国来賓を招待するときに使用される由緒正しいホテルです。大きな中華風屋根と赤い柱と所々使われる金色が印象的な建築で、眺めるだけでも十分な迫力です。圓山大飯店周辺は、中規模なビルが立ち並びグレイッシュなスレート瓦の色が目立ちました。街で見かける看板は、彩度の高いものが多く赤と青と黄と白いアクセントカラーの看板がほとんどでした。台湾の人は、にぎやかな色が好きなようです。特に赤、青、黄の3原色が大好きなようでした。




















中正空港からバスで台北に向かう途中の街並みは、緑が美しいが街並みは、貧しかったです。一方台北の街には、緑が少なくグレーの町であります。重なり合うように家々がひしめき合い街は、ゴミゴミしていました。山は裾のすぐそばまで切り開かれゴルフ場の造成が盛んでした。交通手段は、バイクが多く、車もありますが駐車場が無くて二重三重に駐車してありやはりのんびりした国民性なのでしょうか、バイクには、2人乗り、3人4人、6人とのっていることもあります。交通渋滞もひどくこうした面での改善が求められると思いました。また、台北の土の色は、オレンジ色、レンガ色とY系の黄土が出土の彩色でした。山肌は切り取られ宅地造成の色か乾いた土の色にレンガ色は、よく合いました。建物は石造りがほとんどで木造には、めったにお目にかかりませんでした。もっと緑が欲しい!芝生を屋上に植えたりする工夫が早急に必要なのではと感じさせられました。台湾の人々はのんびりしていて親しみの持てる国民性であり、楽しい旅でしたが長期的展望を持った都市作りの必要性など日本の今後を含めて色々考えさせられる旅でした。























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